働き方改革以前の教員の一日 〜7歩目〜

3年後(2028年3月)に公務員退職を目指すブログ(7歩目)

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本日は私の「教員になりたての頃の働き方」について書きたいと思います。

 私は約20年前に教員として働き始めました。当時、学校の警備は警備員を雇い24時間必ず学校に誰かがいるという体制でした。24時間警備員がいることから、退勤時間も何時でもよく、部活動の終了時間もPM7:00頃とあまり厳しくないかたちでした。そのような時代に教員として熱意を持って時間を多く使って仕事をしていたので、毎日24時間中15~17時間は働いていました。今思うと、当時の働き方は「ブラック」と呼ばれる働き方だっと思いますし、自分のこと(生活・人生)を考えていなかった働き方だったと思います。

当時は以下のような働き方をしていました。

 朝はAM7:00〜AM7:30に出勤(朝練習の時はAM6:30には出勤)し、各種雑務や授業の準備を行い、AM8:20からの打ち合わせ後に1時間目の授業から始まります。空き時間は事務作業や授業の準備をしながら、6・7時間目まで授業を行います。

 授業が終わったら、いよいよ放課後の部活動の時間(PM4:00頃)です。当時は体育館で行う球技の部活動顧問(副顧問)をしていました。まだ体を動かすことができた年齢と、専門外のスポーツだったこともあり、顧問というより、生徒と一緒に選手の1人としてその球技の練習を行っていました。練習がPM4:00頃から始まったら、PM7:00頃に一度休憩。休憩中に晩御飯(晩御飯は毎日マネージャーが作っていました)を食べて、食事後また練習!練習の終わりは早くてPM9:00、練習の熱が入るとPM11:00までになることも…。当時は主顧問の先生が練習時間を決めていたので、副顧問の私には決定権がありませんでした。

 結果、平均してPM4:00〜PM9:00まで部活動の時間でした。動ける年齢と運動好きだったため、当時は長いと思っていましたが、独り身で家族もいなかったので、運動不足解消と思い、毎日行っていました。

 そして練習後、職員室に戻り、翌日の授業準備を始め、長い時ではPM12:00を超えることも…。教員になりたては、授業の準備の自転車操業で毎日4・5時間授業の準備をしていたように思います。

 帰宅後は疲れ果てて寝る。という1日を教員になりたての4~5年間送っていたと思います。

 現在は機械警備になり、勤務時間を記録しておくことが当たり前になりました。今思うと機械警備が導入されたことで、先生方の残業時間は短くなったと思います。当時いたほとんど学校に住んでいるような先生(一日のほとんどを学校にいる先生)は、現在の学校では見ることはなくなりました。

 部活動中は、先生としての業務はほとんどできないので、本来の業務を隙間時間にスムーズに終わらせるか、後にまわすなどしていました。部活動の時間は好きなので、私は何とも思っていませんでしたが、人生や働き方を考えると制度や工夫がやはり大切です。後輩の先生方にはやってもらいたくない働き方の紹介でした。

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